【仏像】毘沙門天など、天の像の特徴を知る(奈良国立博物館で学習)

(毘沙門天立像(平安時代・1162年ごろ)重要文化財・東京国立博物館) ■■基本的な天の情報■■ 天はもとは古代インドの神様たち。 男女の区別があり、様々な役目を持った、多くの神様たちが居る。 【毘沙門天の場合と他の神】 *顔・・・(毘)敵を威嚇するような厳しい顔。    (他)役目によって、その表情は様々。 *頭・・・(毘)兜をかぶる    (他)髪型やかぶり物は色々 …

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【仏像】菩薩像の特徴を知る(奈良国立博物館で学習)

(弥勒菩薩坐像↑京都・醍醐寺) 如来様の次は、 菩薩様のの持ち物や、服装など、を知っていきたいと思います(^ ^) ■■基本的な菩薩様の情報■■ 出家する前の、王子であったお釈迦様がモデル。 つまり、古代インドの王族スタイル。 菩薩様は、悟りを目指して、また他人を救済します。 *髪の毛の形・・・長い髪の毛が結い上げられている。 *宝冠・・・宝石で作った冠をかぶる。 *ア…

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【仏像】如来像の特徴を知る(奈良国立博物館で学習)

(阿弥陀如来立像↑兵庫・浄土寺) ”~~如来像”という像を、たくさん拝見しますよね。 如来様の持ち物や、服装など、 如来様のこと、知ってみようと思います(^o^) ■基本的な如来様の情報■ 如来様は、悟りを開いたお釈迦様の姿がモデル。 *頭の形・・・頭のてっぺんが、こんもり盛り上がっている。      (知恵がたくさん満ちている) *髪の毛の形・・・渦巻いているものがたく…

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【仏像】仏像の分類分けをしてみる(奈良国立博物館で学習)

仏像館を拝見しいて、気になったのが、仏像の名前の傾向でした。 仏教に詳しくない僕には、なかなか難しい・・・ が、しかし、名前の後半側が同じだと、同じような姿勢やお姿をしていることに気づきました。 「そうか!名前の後半側が同じだと、同じ仏様なのか!」 て。・・・あ、知っていました? いろんな種類の仏様がいたこと、みなさんご存知のこと?だった?(^ ^; ということで、仏…

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【仏像】仏像の台座を知る(奈良国立博物館で学習)

仏像展を見てきて、気になった、仏様の乗っている台座。 台座の種類って、色々ありますよね。 どんな意味があるのでしょうか? 見たことあるものを、調べてみました(^ ^) よく見かけるものは、下記のような種類感じです。 【蓮華】如来・菩薩  蓮は泥の中から生えて、泥に染まることなく美しい花を咲かせる。 【雲】阿弥陀如来・弥勒菩薩・地蔵菩薩など  遠い仏の国から、現世へ飛来…

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狩野山楽(京狩野の祖)とは?

【狩野 山楽(かのう さんらく)】(京狩野の祖)(永徳の弟子) 1559年 - 1635年 パトロン:秀吉 安土桃山時代~江戸時代初期の狩野派の絵師。 豊臣秀吉に仕える武士だったが、秀吉の命により狩野永徳の養子となり狩野姓を名乗る。 永徳が東福寺法堂天井画の制作中に病で倒れると、山楽が引き継いで完成させた。(永徳の後継者として期待されていたということが伺える) 徳川側につき江戸へ…

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狩野探幽(永徳の孫)とは?

【狩野探幽(かのう たんゆう)】(永徳の孫) 1602年 - 1674年 パトロン:家康 江戸時代初期の狩野派の絵師。狩野永徳の孫で、狩野孝信の子。 桃山絵画からの流れを引き継ぎつつも、宋元画や雪舟を深く学び、線の肥痩や墨の濃淡を適切に使い分け、画面地の余白をに生かした淡麗瀟洒な画風を切り開き、江戸時代の絵画の基調を作ったとされる。 徳川家康が江戸幕府を開くと、若くて勢いがあった永…

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狩野永徳(元信の孫)とは?

【狩野永徳(かのう えいとく)】(元信の孫) 1543年 - 1590年 パトロン:信長、秀吉 安土桃山時代の絵師。 狩野松栄の息子で、狩野元信の孫にあたる。京都で生まれる。 日本美術史上もっとも著名な画人の1人。 天才の誉れ高い永徳は、天下人信長、秀吉の心をとらえ時代の寵児となる。 狩野派の棟梁として織田信長、豊臣秀吉という天下人に仕え安土城、聚楽第、大坂城などの国家事業とい…

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「ミュシャ展」へ(2017年)

『ミュシャ展』へ行って来ました。 【会 期】2017年3月8日(水)-6月5日(月) 毎週火曜日休館 【会 場】国立新美術館 2017年は日本とチェコが国交を回復してから記念すべき60周年を迎える年にあたるそうです。 そして、国立新美術館開館10周年・チェコ文化年事業ということで、国立新美術館に! 今回のミュシャ展は、普段良く目にする華やかなポスター画とはひとあじ違った…

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狩野元信(狩野派二代目)とは?

【狩野元信(かのう もとのぶ)】(狩野派二代目) 1476年 - 1559年 パトロン:足利幕府、朝廷 狩野派の祖・狩野正信の子(長男または次男とされる)で、狩野派2代目。京都出身。 父・正信の画風を継承するとともに、漢画(中国風の画)の画法を整理しつつ大和絵の技法を取り入れ、 狩野派の画風(書院造建築の装飾にふさわしい日本的な障壁画様式)を確立、近世における狩野派繁栄の基礎を築く。 …

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