狩野山楽(京狩野の祖)とは?

【狩野 山楽(かのう さんらく)】(京狩野の祖)(永徳の弟子) 1559年 - 1635年 パトロン:秀吉 安土桃山時代~江戸時代初期の狩野派の絵師。 豊臣秀吉に仕える武士だったが、秀吉の命により狩野永徳の養子となり狩野姓を名乗る。 永徳が東福寺法堂天井画の制作中に病で倒れると、山楽が引き継いで完成させた。(永徳の後継者として期待されていたということが伺える) 徳川側につき江戸へ…

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狩野探幽(永徳の孫)とは?

【狩野探幽(かのう たんゆう)】(永徳の孫) 1602年 - 1674年 パトロン:家康 江戸時代初期の狩野派の絵師。狩野永徳の孫で、狩野孝信の子。 桃山絵画からの流れを引き継ぎつつも、宋元画や雪舟を深く学び、線の肥痩や墨の濃淡を適切に使い分け、画面地の余白をに生かした淡麗瀟洒な画風を切り開き、江戸時代の絵画の基調を作ったとされる。 徳川家康が江戸幕府を開くと、若くて勢いがあった永…

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狩野永徳(元信の孫)とは?

【狩野永徳(かのう えいとく)】(元信の孫) 1543年 - 1590年 パトロン:信長、秀吉 安土桃山時代の絵師。 狩野松栄の息子で、狩野元信の孫にあたる。京都で生まれる。 日本美術史上もっとも著名な画人の1人。 天才の誉れ高い永徳は、天下人信長、秀吉の心をとらえ時代の寵児となる。 狩野派の棟梁として織田信長、豊臣秀吉という天下人に仕え安土城、聚楽第、大坂城などの国家事業とい…

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狩野元信(狩野派二代目)とは?

【狩野元信(かのう もとのぶ)】(狩野派二代目) 1476年 - 1559年 パトロン:足利幕府、朝廷 狩野派の祖・狩野正信の子(長男または次男とされる)で、狩野派2代目。京都出身。 父・正信の画風を継承するとともに、漢画(中国風の画)の画法を整理しつつ大和絵の技法を取り入れ、 狩野派の画風(書院造建築の装飾にふさわしい日本的な障壁画様式)を確立、近世における狩野派繁栄の基礎を築く。 …

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